HaruHana’s blog

韓国ドラマ三昧のブログ

韓国ドラマ『ザ・グローリー』ヨジョンは救い?それとも依存?ラストが苦しい本当の理由

※この記事にはPRを含みます。

 

『ザ・グローリー〜輝かしき復讐〜/더 글로리


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これは間違いなく“復讐成功”の物語だ。

加害者たちは破滅し、
主人公ムン・ドンウンは計画通りにすべてを終わらせる。

本来なら、もっとスカッとしていいはずなのに——
なぜか心の奥が、重い。

私は見終わったあと、爽快感よりも
「静かな疲労感」のようなものが残った。

今日はその理由を、少し掘り下げてみたい。

復讐は成功したのに、なぜ救われないのか

多くの復讐ドラマは
「やられたらやり返す」カタルシスがゴールになる。

けれどこの作品は違う。

ドンウンは笑わない。
勝利のポーズもない。
涙の解放もない。

彼女の復讐は、感情の爆発ではなく
「長年冷凍保存された痛みの実行」だった。

だから私たちは気づいてしまう。

これは娯楽の復讐ではなく、
人生を削った復讐なのだと。

本当に怖いのは、加害者ではなく「傍観者」

このドラマが重い理由のひとつは、
悪役が“怪物”ではないこと。

彼女たちは残酷だ。
でもどこか現実にいそうでもある。

さらに怖いのは、
見て見ぬふりをした大人たちだ。

・学校
・親
・警察
・社会

誰か一人でも止められたかもしれない。
でも誰も止めなかった。

だから視聴者は安心できない。

「これはドラマの中の話」と切り離せないからだ。

爽快感の正体は「代償の大きさ」

確かに復讐は鮮やかだ。
計算され尽くした展開は見事としか言いようがない。

けれど同時に、私たちは知っている。

彼女が失った時間は戻らない。
心に刻まれた傷は消えない。

復讐は勝利ではある。
でも回復ではない。

だからスッキリしない。

それは私たちが
「復讐=救済」という幻想をどこかで期待しているからだ。

 

ヨジョンはドンウンを本当に愛していたのか?

 

この物語は復讐劇として語られることが多い。
けれど私が見終わって一番心に残ったのは、ヨジョンの存在だった。

彼はドンウンを愛していたのか。
それとも、彼女を必要としていただけなのか。

そして2人の関係は「救済」だったのか、
それとも「共依存」だったのか。

今日はそのことを考えてみたい。

ヨジョンは「光」ではなかった

ヨジョンを演じたのは、イ・ドヒョン。

彼は優しく、穏やかで、ドンウンに無条件の協力をする。
一見すると、彼は彼女を救う王子のようにも見える。

でも、物語をよく見ると違う。

ヨジョン自身もまた、
父を残酷に奪われた“未完の復讐者”だった。

つまり彼は、
ドンウンを止める人間ではない。

彼は彼女の痛みを理解できるからこそ、
復讐を肯定できてしまう。

ここに、この関係の危うさがある。

愛とは「止めること」ではないのか

もしヨジョンが本当に彼女を愛していたなら、

「もう十分だ」
「君は復讐をしなくても価値がある」

そう言う選択肢もあったはずだ。

でも彼は言わなかった。

それどころか、
自ら復讐の道具になろうとする。

これは献身だろうか。
それとも、自分の復讐心を重ねていただけなのか。

愛は相手を自由にするものなのか、
それとも共に堕ちることなのか。

『ザ・グローリー』は、その答えを提示しない。

共依存という視点

共依存とは、
「相手を支えることで自分の存在価値を感じる関係」のこと。

ヨジョンは、ドンウンの復讐を支えることで
自分の傷にも意味を与えているように見える。

ドンウンもまた、
ヨジョンの存在を利用しながら、
孤独を回避している。

2人は支え合っている。
でも同時に、傷を固定し合ってもいる。

ここが、この物語が“爽快なのにスッキリしない理由の一つだ。

ロマンスが救済として機能していない。

むしろ復讐をより完成させるための結びつきになっている。

それでも「愛」と呼びたくなる理由

では、この関係は不健全だったのか。

私は、そう単純ではないと思う。

ヨジョンはドンウンの傷を否定しなかった。
過去を消そうともしなかった。

「君はそのままでいい」と言う代わりに、
「君の地獄に一緒に行く」と言った。

それは健全とは言えないかもしれない。
でも、深い理解ではあった。

もしかしたら彼らにとっての愛は、
太陽の下で笑うことではなく、
暗闇で隣に立つことだったのかもしれない。

ラストは救いか、連鎖か

物語の終わりで、
2人は穏やかな未来へ向かうわけではない。

ヨジョンの復讐はまだ終わっていない。
ドンウンはそれを理解している。

つまりこれは、

復讐を終わらせる愛ではなく、
復讐を共有する愛。

それを美しいと思うか、
危ういと思うかで、このドラマの印象は変わる。

それでも、なぜか否定できない

私はこの関係を、
完全に不健全だとは思えなかった。

ヨジョンはドンウンの過去を消そうとしなかった。
「忘れろ」とも言わなかった。

ただ、隣に立った。

それは王子様の救済ではない。
でも確かに「理解」だった。

だからこそ、この物語は簡単に割り切れない。

だから、もう一度見たくなる

『ザ・グローリー』は復讐劇として観ると爽快だ。
でも、ヨジョンとの関係に焦点を当てると、まったく違う物語に見える。

愛だったのか。
共依存だったのか。
それともその両方だったのか。

答えは用意されていない。

だからこそ、観る人の数だけ解釈がある。

もしまだ観ていないなら、
「復讐」ではなく「2人の距離」に注目して観てみてほしい。

もし一度観たなら、
今度はヨジョンの表情だけを追ってみてほしい。

きっと最初とは違う感情が残るはずだ。

爽快なのに苦しい。
救いのようで、危うい。

それがこのドラマの、本当の魅力なのだから。

 

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